いよいよ開幕したサッカーワールドカップ、強豪国の試合や我らが日本代表の試合など目が離せませんね!今回は、伝説のプレーから意外な裏話まで、サッカーワールドカップに関する雑学クイズを全10問作成しました。給水タイムの暇つぶしにいかがでしょうか?
Q1.サッカー日本代表のユニフォームのエンブレムに描かれている生き物は何?
- 一角獣
- 双頭の鷲
- 三本足のカラス
- 黄金の獅子
Q2.1994年開催のワールドカップ・アメリカ大会への出場国を決めるアジア地区最終予選の最終戦で、日本代表が試合終了間際に失点して本大会出場を逃した大事件を何と呼ぶ?
- リヤドの惨劇
- テヘランの屈辱
- マナマの悪夢
- ドーハの悲劇
Q3.1998年ワールドカップ・フランス大会のアジア第3代表決定戦で、延長戦に決勝点となる「ゴールデンゴール」を決めて日本をW杯初出場に導いた選手は誰?
- 城彰二
- 中山雅史
- 中田英寿
- 岡野雅行
Q4.1998年ワールドカップ・フランス大会で、日本代表のワールドカップ本大会における記念すべき初ゴールを決めた選手は誰?
- 中田英寿
- 中山雅史
- 小野伸二
- 名波浩
Q5.1966年のワールドカップ・イングランド大会の時に、展示中に盗まれた優勝トロフィーを発見した犬の名前は何?
- マロン
- ピクルス
- クッキー
- ショコラ

Q6.サッカーブラジル代表のユニフォームが現在の「カナリア色」になるきっかけとなった出来事は何?
- ウェンブリーの悲劇
- サンシーロの歓喜
- アステカの喜劇
- マラカナンの悲劇
Q7.1994年のワールドカップ・アメリカ大会で、痛恨のオウンゴールをしてしまったコロンビア代表のエスコバル選手は、試合後にどうなった?
- 代表から永久追放された
- 暴徒に自宅を放火された
- 母国に入国拒否された
- 射殺された
Q8.1986年のワールドカップ・メキシコ大会の準々決勝で、アルゼンチン代表のマラドーナ選手が手を使って決めた有名なゴールを何と呼ぶ?
- 黄金の拳 ゴール
- 魔法の頭 ゴール
- 神の手 ゴール
- ディエゴの奇跡 ゴール
Q9.2006年ワールドカップ・ドイツ大会の公式マスコット「ゴレオ6世」に関する出来事とは?
- ゆるキャラ・ワールドグランプリで優勝した
- 大人気となり、公式マスコットの歴代最高売上を記録した
- あまりの不人気で、大会期間中に別のマスコットに交代させられた
- あまりの不人気で、大会開幕前にグッズ製作会社が経営破綻した
Q10.サッカーワールドカップで使用される公式球にはそれぞれ名前が付いていますが、1954年に開催された第5回大会で使用された公式球の名前は何でしょう?
- チャレンジャー(Challenger)
- グレイテスト・ウィナー(Greatest Winner)
- スイス・ワールドチャンピオン(Swiss World Champion)
- コンキスタドール(Conquistador)

サッカーワールドカップ・クイズの答え
Q1.サッカー日本代表のユニフォームのエンブレムに描かれている生き物は何?
正解は 三本足のカラス です!
日本代表のエンブレムをよく見ると、ボールをがっちりと掴んでいる黒い鳥が描かれています。これは、日本神話に由来する「八咫烏(ヤタガラス)」と呼ばれる三本足のカラスです。
日本神話において、八咫烏は初代天皇である神武天皇が東征する際、険しい熊野の山道で迷わないよう、天から遣わされて道案内をしたという特別な役割を持っています。3本の足はそれぞれ「天・地・人」を表しており、神と自然と人間が同じ太陽の元で繋がっている世界観を示していると言われています。
カラスというと現代では少し嫌われがちなイメージもありますが、日本を勝利へと導いてくれる大変縁起の良い神聖な鳥なんですよ。
Q2.1994年開催のワールドカップ・アメリカ大会への出場国を決めるアジア地区最終予選の最終戦で、日本代表が試合終了間際に失点して本大会出場を逃した大事件を何と呼ぶ?
正解は ドーハの悲劇 です!
1993年10月28日、カタールの首都ドーハで行われたイラク戦。勝てば悲願のワールドカップ初出場が決まる大一番で、日本は2対1とリードしたまま後半アディショナルタイムを迎えていました。しかし、勝利まであと僅かというところで相手のコーナーキックから同点ゴールを許し、試合は引き分けに。得失点差で本大会への切符を逃してしまいました。
このときピッチで絶望を味わった中心選手の一人が、現・日本代表監督の森保一氏でした。それから29年後の2022年、森保監督率いる日本代表は、同じカタールのドーハで開催されたワールドカップで、ドイツやスペインという世界の強豪を破り、見事決勝トーナメントに進出する「ドーハの歓喜」を達成したのです。
過去の悲劇を最大の財産に変えて未来の勝利へ繋げたという、日本サッカーの成長を象徴する胸が熱くなるエピソードですね!
あかねぶっちゃけ、試合終了間際での失点って、スポーツやってる人間からしたら一番トラウマになるやつだよね。
しかも「勝てば初のワールドカップ」っていう大一番でそれって、どんだけ残酷なの!?私ならその場で崩れ落ちて、一生立ち直れないかも…。
でもさ、これが「勝負の世界のリアル」なんだよね。どれだけ必死に戦っても、最後の笛が鳴るまで結果は分からない。だからこそ怖いし、本気でぶつかり合う価値があるんだと思う!
当時の選手たちがピッチで味わった絶望を想像するとマジで胸が苦しくなるけど、一切ごまかしのきかないヒリヒリするような真剣勝負には、やっぱりスポーツの本当の熱さが詰まってるって感じるね!
Q3.1998年ワールドカップ・フランス大会のアジア第3代表決定戦で、延長戦に決勝点となる「ゴールデンゴール」を決めて日本をW杯初出場に導いた選手は誰?
正解は 岡野雅行 です!
悲願のワールドカップ初出場がかかったイランとの激闘。この試合で日本中に歓喜をもたらしたのは、延長戦から途中出場した岡野雅行選手でした。持ち前の圧倒的なスピードなどから「野人」の愛称で親しまれた岡野選手ですが、実は歴史的ゴールを決める直前に、何度か決定的なチャンスを逃していました。
もし負ければ日本中からバッシングを浴びるかもしれないという極限のプレッシャーの中、中田英寿選手のシュートのこぼれ球に食らいついた執念のスライディングシュートは、日本サッカー界の重い扉をこじ開けた一撃となりました。この試合は「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれ、日本サッカー史に残る名場面として今も語り継がれています。



岡野選手がゴールを決める前に、何度か決定的なチャンスを逃していたというエピソードに、私も胸が締めつけられるような思いがしました。
「もし負けたら日本中からバッシングを浴びるかもしれない」というプレッシャーって、想像しただけでも足がすくんでしまいますよね。
普通の社会人の私でさえ、仕事でミスをした後は周囲の目が怖くなってしまうのに、国全体の期待を背負う恐怖はどれほどのものだったでしょう。
でも、逃げ出したいようなその極限状態の中で、こぼれ球に食らいついた執念に、胸が熱くなる思いがしました。失敗を取り戻そうとする人の必死な姿って、どんなに泥臭くても、美しくて感動的ですよね。
Q4.1998年ワールドカップ・フランス大会で、日本代表のワールドカップ本大会における記念すべき初ゴールを決めた選手は誰?
正解は 中山雅史 です!
日本サッカーの歴史の新しい第一歩を記したのは、「ゴン中山」の愛称で親しまれた熱きストライカー・中山雅史選手でした。1998年のフランス大会、初めて世界の舞台に立った日本代表は、アルゼンチンとクロアチアという強豪を前に1点も奪えずに連敗。そして迎えた第3戦のジャマイカ戦で、ついに中山選手が泥臭くも魂の初ゴールを奪い取りました。
このフランス大会、日本代表は3戦全敗でグループリーグ敗退という、世界の高い壁を見せつけられるほろ苦い結果で幕を閉じました。しかし、この大会での悔しい経験と、中山選手が気迫でもぎ取った泥だらけの1点が原点となり、その後の日本サッカーの飛躍へと繋がっていったのです。歴史的な第一歩として永遠に語り継がれるゴールですね。
Q5.1966年のワールドカップ・イングランド大会の時に、展示中に盗まれた優勝トロフィーを発見した犬の名前は何?
正解は ピクルス です!
1966年のイングランド大会開幕の数ヶ月前、展示されていたワールドカップの優勝トロフィー(ジュール・リメ杯)が何者かに盗まれるという大事件が発生しました。ロンドン警視庁による必死の捜索も虚しく、手掛かりが掴めない状況が続きました。
そんな中、ロンドン南部の自宅から、飼い主と一緒に散歩に出た「ピクルス」という名前の雑種犬が、新聞紙に包まれていたトロフィーを見つけ出したのです!国家の威信を揺るがす大ピンチを救ったピクルスは、一躍国民的ヒーローとなりました。この多大な功績を称えられ、ピクルスにはご褒美として「1年分のドッグフード」が贈られたそうですよ。



あはは!優勝トロフィーを見つけたご褒美が「1年分のドッグフード」って、ちょっとショボくない!?
最初読んだとき、「いやいや、国家のピンチを救ったんだから、もっとこう・・・豪邸とか1億円とかあげてよ!」って思わずツッコミ入れちゃったよ(笑)
でもさ、よくよく考えたら、ピクルスくんにとってはお金や名誉なんかよりも、毎日美味しいご飯がお腹いっぱい食べられる方が絶対ハッピーだよね。
「いつもの散歩したら、大好きなご飯がいっぱいもらえたワン!」って無邪気に大喜びしてるピクルスくんの姿を想像したら、ボクまでホッコリしてきちゃったよ。ピクルスくん、最高のボーナスをもらえて本当に良かったね!
Q6.サッカーブラジル代表のユニフォームが現在の「カナリア色」になるきっかけとなった出来事は何?
正解は マラカナンの悲劇 です!
1950年のワールドカップ・ブラジル大会の最終戦、ブラジル代表は引き分けでも優勝が決まるという圧倒的有利な状況でウルグアイと対戦しました。会場には、なんと17万人を超える大観衆が詰めかけました。しかし、まさかの逆転負けを喫してしまい、ショックのあまり気絶する人や自殺する人が出る大惨事となりました。この国民的トラウマを断ち切るため、ユニフォームの色が現在の明るいカナリア色へと一新されたのです。
この「マラカナンの悲劇」には、その後のブラジルサッカーの歴史を変えるエピソードがあります。この試合の敗北を知り、涙を流して悲しむ父親の姿を見た9歳の少年は、父親に向かって「泣かないで。僕が大きくなったら、ワールドカップで優勝するよ!」と約束しました。
この少年こそが、のちに「サッカーの王様」と呼ばれ、ブラジルをワールドカップ初優勝に導いた伝説の選手・ペレなのです。一つの悲劇が、世界最高のスター選手を生み出す原動力になったのですね!



親父の涙を見て、「僕が大きくなったら優勝するよ」と約束する。そして、数年後に本当に世界一に導いてみせる。これぞ男の生き様というやつだ!
今の世の中、口先だけで大きな夢を語る若者はいくらでもおる。だが、自分の言葉に最後まで責任を持ち、血の滲むような努力でそれを現実にする人間がどれだけいるか。9歳の少年が背負うにはあまりにも重い約束だが、このペレという男は逃げずにやり遂げたのだ。
絶望に沈む国を救ったのは、小手先の戦術でもユニフォームの色でもない。たった一人の少年が心に誓った、嘘偽りのない「親父を喜ばせたい」という真っ直ぐな魂だ。そういう骨のある男が歴史を変えるのだ。実に天晴!
Q7.1994年のワールドカップ・アメリカ大会で、痛恨のオウンゴールをしてしまったコロンビア代表のエスコバル選手は、試合後にどうなった?
正解は 射殺された です!
1994年のアメリカ大会、優勝候補の一角とされていたコロンビア代表でしたが、アメリカ戦でのエスコバル選手のオウンゴールもあり、まさかのグループリーグ敗退となりました。帰国後、彼はメデジンのバーの駐車場で暴漢に銃撃され、命を落としてしまうというサッカー史に残る悲痛な事件「エスコバルの悲劇」が起きました。
当時のコロンビアは麻薬カルテルが暗躍しており、サッカーの勝敗は巨大な違法賭博の対象になっていました。エスコバル選手は、マフィアに大損させたことへの報復として殺害されたと言われています。スポーツの勝敗が選手の命にも関わるという、当時のコロンビアの治安の悪さと闇の深さを物語る恐ろしい出来事です。



人間は誰しもミスを犯す。だからこそ、スポーツというルールの中には「取り返す」機会が用意されているものが多い。だが、このエピソードが描き出しているのは、その前提が一切通用しない世界だ。
たった一度の「オウンゴール」というエラー。通常の社会であれば、批判を浴びるか、あるいは同情される程度の「失敗」で終わる。しかし、当時のコロンビアという歪んだ環境下では、そのミスに対するペナルティが「死」に設定されていた。
人間の不完全さを許容できない社会システムが、いかに恐ろしい結果を生むかを示す、極端だが分かりやすい事例と言えるだろう。彼を殺したのは一人の暴漢かもしれないが、本当に引き金を引いたのは、ミスの許されない社会そのものだ。
我々は普段、「失敗から学べ」などと呑気な自己啓発を口にしているが、それはやり直しがきく安全圏にいる人間の気休めに過ぎない。自陣のゴールネットを揺らしただけで命を請求される世界に比べれば、我々の日常的な悩みなど、実に平和で退屈な喜劇に思えてくるだろう。
Q8.1986年のワールドカップ・メキシコ大会の準々決勝で、アルゼンチン代表のマラドーナ選手が手を使って決めた有名なゴールを何と呼ぶ?
正解は 神の手 ゴール です!
サッカーの歴史上、最も有名な反則ゴールです。ヘディングに行くふりをして巧みに左手で押し込んだこのゴールを、マラドーナ本人が「神の手」と表現し世界で大論争を巻き起こしました。
しかしこの試合が語り継がれる理由は、これだけではありません。「神の手ゴール」のわずか4分後に、今度は自陣からドリブルを開始し、5人のイングランド選手をごぼう抜きにして追加点を奪う「世紀のゴール」を決めたのです。1つの試合の中で「ずる賢い反則プレー」と「誰も真似できない神がかった天才的プレー」の両方を世界に見せつけたマラドーナ。アルゼンチンを優勝へと導いた彼のカリスマ性が凝縮された一戦でした。
Q9.2006年ワールドカップ・ドイツ大会の公式マスコット「ゴレオ6世」に関する出来事とは?
正解は あまりの不人気で、大会開幕前にグッズ製作会社が経営破綻した です!
ライオンをモチーフにした「ゴレオ6世」ですが、「ズボンを穿いていない」「可愛くない」と大ブーイングを浴びてしまいました。その結果、グッズが全く売れず、独占製造権を持っていた会社が大会前に倒産してしまうという前代未聞の事態を引き起こしました。
そんなゴレオ6世の悲劇があった2006年のドイツ大会ですが、ピッチ上でもサッカー史に残る有名な事件が起きています。決勝戦のイタリア対フランス戦で、フランス代表の英雄ジダン選手が相手選手から侮辱的な言葉を投げかけられたことに激怒し、強烈な「頭突き」をお見舞いして一発退場になったのです。その結果、フランスはこの試合に敗れ、優勝を逃しています。
マスコットの不人気から決勝戦の衝撃的な幕切れまで、この大会にも様々な悲喜こもごもがありました。



あのさ〜、この記事読んで気になって「ゴレオ6世」の画像検索してみたんだけどさ。なんかライオンっていうより、「くたびれたオジサン」みたいなキャラクターだったんだけど(笑)
しかもズボン穿いてないって、普通に考えてヤバくない!?あたし的に、マスコットって絶対にカワイイのが大前提なわけ。それなのに、あのビジュアルで世界規模のイベントの顔になろうとしてたとか、正直デザインした人のメンタル強すぎでしょ。
世界からブーイングが起きたのもめっちゃ納得だよね~。やっぱ、グッズ買うならテンション上がるようなオシャレでカワイイやつじゃないとお金出せないじゃん?会社が倒産しちゃったのは可哀想だけど、カワイイに妥協しちゃダメってことがよーく分かったわ。
Q10.サッカーワールドカップで使用される公式球にはそれぞれ名前が付いていますが、1954年に開催された第5回大会で使用された公式球の名前は何でしょう?
正解は スイス・ワールドチャンピオン(Swiss World Champion) です!
現在、ワールドカップの公式球といえばスポーツブランドの「アディダス」がおなじみですよね。しかし、アディダスが公式球を独占的に提供するようになったのは1970年のメキシコ大会からで、それ以前は開催国のメーカーが独自のボールを用意していました。
1954年の第5回スイス大会で使用された「スイス・ワールドチャンピオン」は、当時としては画期的な18枚の革のパネルを縫い合わせて作られたボールでした。独特なジグザグの縫い目が特徴で、観客や選手が見えやすいように鮮やかな黄色い本革で作られていたんですよ。現代のハイテクなボールへと進化していく過程を感じられる、歴史的な公式球です!
ちなみに、今回のワールドカップの公式球の名前は「TRIONDA(トリオンダ)」です。「TRI」は開催国である3カ国(カナダ、メキシコ、アメリカ)を、「ONDA」はスペイン語で「波」を意味しており、世界に広がる喜びと高揚感を表現しているそうです。このボールで、どんなドラマが生み出されていくのでしょうか?







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