砂漠に封印されたクソゲーの伝説!アタリの栄枯盛衰にまつわる雑学

砂漠に埋められたクソゲー『E.T.』が辿った数奇な運命 ゲーム
アタリの雑学記事

ゲームの歴史に燦然と輝く(?)都市伝説、それがアタリ社による「砂漠に埋められたクソゲー」事件です。なぜ大量のゲームソフトが廃棄されたのか。発掘調査で蘇った歴史的クソゲーの数奇な運命と、アタリの面白雑学に迫ります。

砂漠に埋められたクソゲー『E.T.』が辿った数奇な運命

世の中には星の数ほどのゲームソフトが存在しますが、「売れ残りすぎて砂漠に埋められた」という嘘のような伝説を持つゲームをご存知でしょうか?それがアタリ社のゲームソフト『E.T.』です。今回は、『ファミコン』以前のテレビゲーム黎明期に発売され、「都市伝説」として語り継がれてきたこのソフトのエピソードをご紹介します。

世界中を涙させた名作映画『E.T.』とは?

事件の主役となるゲームの題材は、1982年に公開されたSF映画の金字塔『E.T.』です。今の若い世代の方だと知らない人の方が多いかもしれませんね。

巨匠スティーブン・スピルバーグ監督が手掛けたこの映画は、地球に取り残された心優しい地球外生命体(E.T.)と、孤独な少年エリオットの種族を超えた友情を描いた感動のストーリーです。当時の世界興行収入の記録を大きく塗り替え、世界中で社会現象を巻き起こすほどの大ヒットを記録しました。映画館は連日超満員で、誰もがこの愛らしい宇宙人に夢中になっていたのです。

期待を裏切る大爆死!「最悪のクソゲー」の誕生

この映画の歴史的な大ヒットを受け、同年のクリスマス商戦に向けて『E.T.』のゲームソフトが発売されました。ゲームファンは「あの感動の映画をゲームで体験できる!」と大きな期待を寄せました。

ところが、実際に発売されたゲームはファンを絶望の淵に突き落とします。開発期間が異常な短さだったこともあり、グラフィックは粗悪で、落とし穴に落ちては抜け出せなくなるという、ゲームとして成立しているかどうかも怪しいクオリティだったのです。「史上最悪レベルのクソゲー」という不名誉なレッテルを貼られたこの作品は、当然のように大不評を買い、莫大な数の在庫が売れ残ってしまいました。

闇に葬られた在庫と、囁かれ始めた「都市伝説」

大量の売れ残り在庫と返品の山に頭を抱えたメーカー側は、その不良在庫を「ニューメキシコ州の砂漠に埋め立てる」という決断を下します。

いくら在庫処分とはいえ、何百万本ものゲームソフトを深夜にこっそり砂漠に埋めるなんて、にわかには信じがたい話ですよね。そのため、長年にわたりゲームファンの間では「都市伝説」として語り継がれることになりました。

30年越しの真実!蘇った伝説のクソゲー

この「砂漠のクソゲー伝説」は、永遠に謎のまま終わるかと思われました。しかし、伝説が生まれてから30年以上が経過し、事態は急展開を迎えます。

なんと、あるドキュメンタリー映画の制作チームが自治体の許可を得て、都市伝説の舞台となった砂漠のゴミ埋め立て地で実際に発掘調査を行ったのです。重機を使って砂漠を深く掘り進めると……そこには泥だらけになった『E.T.』のゲームカートリッジが、当時のパッケージとともに大量に眠っていました。

何十年もの間、ゲームファンの間で半信半疑で語られていた「砂漠に埋められたクソゲー」の都市伝説が、紛れもない「真実」として証明された歴史的瞬間でした。掘り出されたカートリッジの一部は、スミソニアン博物館に歴史的資料として収蔵されるなど、今やゲーム史に残る伝説の遺物となっています。

そうた
そうた

いや〜、このエピソードめちゃくちゃ面白かった!ボク的に一番スゴイって思ったのは、大失敗して「黒歴史」扱いされてたクソゲーが、最終的に博物館に飾られるくらいのお宝になっちゃったってところだよ!

当時の人からしたら「ただのゴミ」だったはずなのに、時間が経って「都市伝説」のスパイスも加わって、世界中が大注目する歴史的アイテムに大化けするなんて、世の中ホントに何が起きるか分かんないよね。

……ってことはさ、もしかして、ボクも今のうちに「これは酷い!」って言われてる現代のクソゲーを大量に買い集めておけば、数十年後にめちゃくちゃプレミアがついて大金持ちになれる可能性もあるってこと!?

ちょっと本気で未来のためのクソゲー投資、始めてみようかな!?(笑)

映画『E.T.』について

  • 1982年公開、スティーブン・スピルバーグ監督のSF映画
  • 地球に取り残された地球外生命体と少年エリオットの友情を描いた作品
  • 当時の世界興行収入記録を塗り替える歴史的な大ヒットを記録した

ゲーム『E.T.』の誕生と失敗

  • 映画の大ヒットを受け、同年のクリスマス商戦に向けてゲームソフトが発売された
  • 開発期間が極端に短く、グラフィックが粗悪で落とし穴から抜け出せなくなるなど「史上最悪レベルのクソゲー」と酷評された
  • 大不評により莫大な数の在庫・返品が発生した

砂漠への埋め立てと都市伝説

  • メーカーは売れ残り在庫をニューメキシコ州の砂漠に埋め立てるという決断を下した
  • 何百万本ものソフトを深夜に砂漠へ埋めるという話は信じがたく、長年「都市伝説」として語り継がれた

30年越しの発掘と真実

  • 伝説から30年以上後、ドキュメンタリー映画の制作チームが自治体の許可を得て発掘調査を実施
  • 砂漠のゴミ埋め立て地から泥だらけの『E.T.』カートリッジが大量に発見され、都市伝説が事実と証明された
  • 掘り出されたカートリッジの一部はスミソニアン博物館に歴史的資料として収蔵されている

テレビゲーム産業を生み出した会社「アタリの栄光と崩壊」

砂漠に埋められた伝説のクソゲー「E.T.」。それを製作した「アタリ」とは、いったいどんな会社だったのでしょうか。実はアタリこそが、現在も世界中で親しまれるテレビゲームという文化を成立させた、すべての原点ともいえる存在なのです。

アーケードから家庭用へ!市場の開拓者

1972年にアメリカで創業された「アタリ(Atari)」は、ビデオゲームを作ることを主な目的に設立された会社としては世界初の会社でした。創業者はノーラン・ブッシュネル。

彼らが最初にその名を轟かせたのは、卓球をモチーフにしたアーケードゲーム「ポン(PONG)」の大ヒットでした。その後、アタリは「ゲームセンターの体験を家庭に持ち込む」という野望を掲げ、1977年に家庭用ゲーム機「アタリ2600」を発売します。

家庭用ゲーム機市場を制覇した黄金期

「アタリ2600」は『スペースインベーダー』の移植を契機に売上を伸ばし、市場は数千億円規模へと急成長。「家庭用ゲーム=アタリ」という図式が成り立つほど、その市場シェアは圧倒的でした。アタリは、まさに「テレビゲーム産業」という巨大なビジネスモデルを創り上げた歴史的なパイオニアだったのです。

利益優先が生んだ「クソゲー」の氾濫

市場の急成長に目をつけた数多くの企業が、ゲーム開発のノウハウを持たないまま「儲かるから」という理由だけで次々と市場に参入しました。アタリ側も自社製ソフトの品質管理を怠り、『E.T.』のような粗悪なゲーム(いわゆるクソゲー)が市場に溢れかえる事態に陥ったのです。

パッケージだけは立派なのに、遊んでみると全く面白くない。そんなソフトばかりをつかまされた消費者は、次第にゲームそのものに対して強い不信感と怒りを抱くようになりました。

テレビゲーム産業を生み出した会社「アタリの栄光と崩壊」

巨大市場の崩壊と、新たな王者の誕生

消費者の「ゲーム離れ」は驚くべきスピードで進み、1983年、ついに北米の家庭用ゲーム市場は突然の大崩壊を迎えます。数千億円あった市場も激減し、ゲームソフトは1本数ドルで投げ売りされ、アタリを含む多くの企業が深刻な経営危機や倒産へと追い込まれました。

この前代未聞の市場崩壊こそが、後世に語り継がれる「アタリショック」です。これにより、アメリカの家庭用ゲーム市場は一度焼け野原となりました。

しかし、テレビゲームの歴史はここで終わりません。このアタリの失敗を深く分析し、「徹底した品質管理(ライセンス契約)」という厳しいルールを設けることで、崩壊した世界のゲーム市場を再び復興させた企業が現れます。

それこそが、日本の任天堂の「ファミリーコンピュータ」だったのです。私たちが今、当たり前のように高品質なゲームを楽しめる背景には、アタリの栄光と挫折という大きな教訓が隠されているのですね。

レン
レン

アタリという企業がゲーム市場という「金脈」を掘り当てた瞬間、そこが無法地帯になるのは資本主義の必然だったと言える。

利益だけを目当てに有象無象が群がり、粗悪品を乱造して市場そのものを焼き尽くす有様は、人間の強欲さを煮詰めた標本のようだ。

パッケージだけ立派で中身が空っぽの「クソゲー」を掴まされた当時の消費者の怒りは、想像に難くない。しかし、これは過去の笑い話で終わる問題だろうか。現代でも、粗製濫造された中身のない情報や動画が、日々スマートフォンの中に溢れかえっているではないか。

歴史は繰り返すと言うが、見掛け倒しのパッケージに踊らされる人間の学習能力のなさもまた、永遠に治らない不治の病なのだろう。

アタリの誕生と革新

  • アタリは1972年にアメリカで創業、ビデオゲーム専門会社としては世界初
  • 創業者はノーラン・ブッシュネル
  • 卓球モチーフのアーケードゲーム「ポン(PONG)」の大ヒットで名を轟かせた
  • 1977年に家庭用ゲーム機「アタリ2600」を発売し、「ゲームセンターの体験を家庭に持ち込む」という市場を開拓した

黄金期と崩壊の原因

  • 『スペースインベーダー』などの移植を契機に「アタリ2600」の売上が伸び、市場は数千億円規模に成長
  • 市場の急成長に目をつけたノウハウのない企業が次々と参入、粗悪なゲームが市場に溢れかえった
  • アタリ自身も品質管理を怠り、『E.T.』のようなクソゲーを生み出した
  • 消費者がゲームへの不信感・怒りを抱き、急速な「ゲーム離れ」が進んだ

アタリショックとその後

  • 1983年、北米の家庭用ゲーム市場が突然崩壊(これが「アタリショック」)
  • 数千億円あった市場が激減し、ゲームソフトが投げ売りされ多くの企業が倒産・経営危機に陥った
  • アタリの失敗を教訓に、徹底した品質管理(ライセンス契約)で市場を復興させたのが日本の任天堂「ファミリーコンピュータ」だった

伝説の企業「アタリ」にまつわるトリビア3選

アタリショックによって完全に消滅したかのように思われがちなアタリですが、そのブランドとDNAは今も形を変えて生き続けています。ここでは、明日誰かに話したくなるアタリの面白雑学をご紹介します!

あのスティーブ・ジョブズも元社員!?アタリが育てたITの巨星

世界を変えたAppleの創業者、故スティーブ・ジョブズ。実は彼は、若き日にアタリの社員として働いていた時期があるのをご存知でしょうか?

ジョブズがアタリに入社した最大の理由は、なんと「インドへスピリチュアルな旅に出るための資金稼ぎ」でした。彼はアタリのオフィスへ押し掛け、採用されるまで帰らないと粘って見事に入社を果たします。

伝説の企業「アタリ」にまつわるトリビア3選

アタリでのジョブズの最も有名なエピソードといえば、大ヒットアーケードゲーム『ブロック崩し(ブレイクアウト)』に関するものです。彼は親友である天才エンジニア、スティーブ・ウォズニアックの助けを借りて、基板の部品数を劇的に減らすという難題を見事にクリアしました。

その後インドへの放浪を経てアタリに復帰したジョブズは、やがてウォズニアックとともに新しい挑戦へと踏み出します。ウォズニアックが設計したマイクロコンピュータ「Apple I」の商品化をアタリなどに打診したが断られたため、1976年4月1日、ふたりはロナルド・ウェインとともにApple Computer Companyを設立。

アタリが門前払いしたその製品こそが、後に世界を変えるパーソナルコンピュータ革命の出発点となるのです。

「アタリ」という社名は「囲碁」の用語から取られていた

アメリカのゲーム会社「アタリ」ですが、実はこの社名、アジアの伝統的なボードゲームである「囲碁」の用語から名付けられたものです。創業者のノーラン・ブッシュネルは、大の囲碁愛好家として知られていました。

囲碁における「アタリ」とは、相手の石を完全に囲んで取る一歩手前の状態のこと。つまりブッシュネルは、市場を囲い込み、他社を圧倒して自社の陣地を広げるという戦略的意味を込めたのですね。テレビゲームの歴史を創り上げたアメリカ企業の名前が、古くから存在する囲碁から取られていたというのは、なんだか意外な歴史の一幕ですよね。

さらにブッシュネルは、アタリ退社後に立ち上げた会社に「センテ(先手)」という囲碁用語を用いています。

現在も生き続ける「Atari」ブランド!話題を呼んだ「アタリホテル」構想

アタリショックによって一度は崩壊したアタリですが、「アタリ(Atari)」というブランド自体は、買収や事業の分割を繰り返しながらも現在までしっかりと生き残っています。

そんなアタリが世界的に注目を集めたのが、2020年に発表した「Atari Hotels」計画です。これは、ゲームをテーマにした最先端の宿泊施設を作るというプロジェクトでした。eスポーツの大会が開催できるアリーナを併設し、最新のVRやAR技術を体験できるなど、「ゲーマーの夢を詰め込んだホテル」という構想が発表され、ゲームファンを驚かせました。

かつてゲーム業界の頂点に立った伝説のブランドは形を変えながら、今も存続し続けているのです。

あかね
あかね

スティーブ・ジョブズの行動力、マジでハンパなくない!? 「インドに行くお金が欲しいから」って理由で働くのもぶっ飛んでるけど、採用されるまで会社に居座るって、どんだけ強メンタルなの!?普通なら無理なことでも、絶対に目的を叶えるっていうそのガッツ、アスリート顔負けでしょ。

しかもさ、友達のウォズニアックが作った超スゴいパソコンの商品化を断られたのに、そこでシュンとしないで「じゃあ自分たちで作ってやる!」ってAppleを立ち上げる反骨精神!もう最高にアツいじゃん!

大企業に門前払いされても、自分たちの可能性を信じて世界を変えちゃったなんて、めちゃくちゃ痛快!私もこんな風に、逆境をバネにして突き進める強い人間になりたい!

スティーブ・ジョブズとアタリの関係

  • ジョブズはアタリに「インドへの旅の資金稼ぎ」のために入社した
  • 採用されるまで帰らないと粘って入社を果たしたというエピソードが残っている
  • アタリでの代表的な仕事は、親友のウォズニアックと協力してアーケードゲーム『ブレイクアウト』の基板部品数を劇的に減らすという難題をクリアしたこと
  • ジョブズとウォズニアックはApple Iの商品化をアタリに打診したが断られ、1976年4月1日にApple Computer Companyを設立した

「アタリ」という社名の由来

  • 「アタリ」という社名は囲碁の用語から取られている
  • 創業者ノーラン・ブッシュネルは大の囲碁愛好家だった
  • 囲碁の「アタリ」とは相手の石を囲んで取る一歩手前の状態を指す言葉
  • ブッシュネルはアタリ退社後に立ち上げた会社にも囲碁用語の「センテ(先手)」を使っている

現在も続く「Atari」ブランド

  • アタリショック後も買収・事業分割を繰り返しながらブランドは存続している
  • 2020年にeスポーツアリーナやVR・AR体験施設を備えた「Atari Hotels」計画を発表し世界的に注目を集めた

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