第1回オリンピックのマラソン王者はレース中にワインを飲んでいた!?歴史に隠された破天荒な伝説

マラソンのレース中にワイン!?第1回アテネ大会の驚きの雑学 スポーツ
マラソンの雑学記事

私たちが普段何気なく見ているマラソンですが、数々のドラマと信じられないような裏話が詰まっているのをご存知ですか?第1回オリンピックでワインを飲んで優勝した猛者の伝説や、女子マラソン誕生の歴史など、ランナーもそうでない人も楽しめる驚きの雑学をご紹介します!

マラソンのレース中にワイン!?第1回アテネ大会の驚きの雑学

フルマラソンを完走するためには、緻密なペース配分と水分や栄養補給が欠かせません。現代のランナーは、タイムを1秒でも縮めるためにエナジージェルや特別なドリンクを補給しますよね。しかし、時計の針を第1回オリンピックまで巻き戻すと、現代のスポーツ科学を根底から覆すような、痛快でロマン溢れるエピソードに出会うことができます。

伝説から生まれた「マラソン」

そもそも「マラソン」の由来をご存知でしょうか?紀元前、古代ギリシャ軍がペルシャ軍を打ち破った「マラトンの戦い」に遡ります。一人の兵士が、マラトンの地からアテネまで駆け抜け、「我々は勝った!」と勝利を伝えて息絶えたという伝説。この壮絶なドラマこそが、この競技の原点です。

時は流れて1896年。近代オリンピックの幕開けとなる第1回アテネ大会が開催されました。大会の目玉は、この古代の英雄の足跡を辿るマラソン競技です。マラトンの古戦場から競技場を目指す、過酷なコースが用意されました。

初代王者は「水運び」の青年

この歴史的な舞台で主役となったのは、エリートアスリートではありませんでした。地元ギリシャの青年、スピリドン・ルイス。彼の職業は、なんと「水運び」だったのです。当時の重い水を運ぶ過酷な肉体労働が、後の金メダリストの強靭な足腰を自然と鍛え上げていました。

究極のマイペース!ワインでエネルギー補給

そして、彼を永遠の伝説にした最大の理由が「レース中の給水」です。現代なら給水所でスポーツドリンクを受け取るところですが、ルイスの行動は規格外でした。彼はレースの途中で沿道の宿屋に立ち寄ると、なんとグラス一杯のワインを美味しそうに飲み干したのです!

「ちょっと喉が渇いたから、景気づけに一杯」とでも言わんばかりの余裕。アルコールを摂取してそのままトップでスタジアムのテープを切り、初代王者に輝くとは、当時の大会のおおらかさと彼のポテンシャルには驚かされるばかりです。

あなたも今度のジョギングでは、自分なりのとっておきの「ご褒美」を用意して走ってみませんか?

あかね
あかね

えーーっ!?スピリドンさん、豪快すぎてマジでカッコいいんだけど! 「水運び」の肉体労働をしてるうちに、オリンピック優勝レベルの強靭な足腰を作ってたって……それなんていうリアル・スポ根漫画!?そういう「日常が実は最高の修行でした」みたいな話、私大好き!

しかも、レース中にワイン飲んで、トップでゴールってヤバすぎでしょ。普通、運動中にアルコールなんて飲んだらバテるし、タイムロスになるじゃん!でもそこで「景気づけに一杯!」って自分のスタイルを貫き通しちゃうのがスゴイ。

現代のガチガチなスポーツ科学も大事だけど、こういう「細かいことは気にしないぜ!」っていう圧倒的なポテンシャルと度胸、最高にカッコイイよ。

よーし、私もキツい練習とか勉強を頑張る時は、スピリドンさんみたいに自分に最高のご褒美をドカンと用意して、モチベーション爆上げで乗り切ってやる!

  • 「マラソン」の由来は古代ギリシャの「マラトンの戦い」
    • 兵士がマラトンからアテネまで走り「我々は勝った!」と伝えて息絶えた伝説が原点
  • 第1回近代オリンピックは1896年・アテネ大会
  • 初代マラソン王者は地元ギリシャの青年スピリドン・ルイス
  • 彼の職業は「水運び」で、重い水を運ぶ労働が体を鍛えていた
  • レース中に沿道の宿屋に立ち寄り、グラス一杯のワインを飲んでトップでゴール

妨害を乗り越え歴史を動かした女性ランナー。女子マラソンが生まれた日

今では当たり前のように行われている女子マラソン。でも、わずか60年ほど前まで、女性がマラソンレースに出場することは、多くの大会で認められていませんでした。その壁を体を張って打ち破った一人の女性が、キャサリン・スウィッツァーです。

「女性ランナー」が認められなかった時代

今では信じられませんが、昔は女性にとってフルマラソンは「過酷すぎる」とされ、由緒あるボストンマラソンでも女性の参加は一切認められていませんでした。しかし、走ることへの情熱を持っていたキャサリンは1967年、性別がわからないように「K. V. スウィッツァー」という名前でエントリーを果たすのです。

コース上での妨害と、道を切り拓いた完走

しかしレース中、彼女が女性だと気づいた大会役員がコースに乱入し、彼女のゼッケンを引き剥がそうと激しく妨害してきたのです!しかし、彼女は怯みませんでした。周囲の協力的なランナーに守られながら、見事に42.195kmを走り抜いたのです。

役員が彼女を襲う瞬間の写真は世界中に衝撃を与え、女性の権利とスポーツにおける平等の象徴的な一枚となりました。そして、この彼女の勇敢な行動が大きなうねりとなり、1972年のボストンマラソンから正式に女子の参加が認められることになったのです。

50年の時を越えたゼッケン「261」

物語はここでは終わりません。初出場から50年後の2017年。70歳になった彼女は、再びボストンマラソンのスタートラインに立ちました。胸には当時と同じ、あのゼッケン「261」が輝いていました。そして、4時間44分31秒というタイムで完走を果たしたのです。

妨害を乗り越え歴史を動かした女性ランナー。女子マラソンが生まれた日

歴史は誰かが走り始めることで変わる。そして、それは半世紀を経ても色褪せることなく、次の世代へと受け継がれています。

アキカズ
アキカズ

「K. V. スウィッツァー」と名乗り、性別を誤魔化してエントリーしただと? 儂は本来、こういう小細工は好かん! ルールがあるなら、それに従うのが筋というものだ。

だがな、世の中には「間違った掟」というのも確かに存在する。職人の世界でも、古臭いだけの無意味なしきたりは、信念で打ち破らねばならん時があるのだ。彼女は名前を隠してでも、どうしてもスタートラインに立つ必要があったのだろう。

彼女が本当に偉いのは、小細工で出場したことではない。その後、妨害を受けながらも完走という「結果」を出し、後世の女性たちに道を作ったことだ。最初から「どうせ無理だ」と諦めていれば、歴史は1ミリも動かん。

ただの掟破りで終わるか、歴史を変える開拓者になるかは、最後までやり遂げる覚悟があるかどうかだ。彼女のその覚悟には天晴!というほかない。

  • かつてボストンマラソンをはじめ、多くの大会で女性の参加は認められていなかった
  • 1967年、キャサリン・スウィッツァーが性別を隠し「K. V. スウィッツァー」名義でボストンマラソンにエントリー
  • レース中に大会役員がコースに乱入しゼッケンを引き剥がそうと妨害するも、周囲のランナーに守られ完走
  • 妨害の瞬間の写真が世界中に衝撃を与え、女性の権利とスポーツにおける平等の象徴となった
  • この出来事が契機となり、1972年のボストンマラソンから正式に女子の参加が認められた
  • 初出場から50年後の2017年、70歳になった彼女が当時と同じゼッケン「261」をつけて再び出場し、4時間44分31秒で完走

マラソンの距離が42.195kmなのは「イギリス王室の都合」?

マラソンの距離、42.195km。なぜこんなに中途半端な数字なのか、気になったことはありませんか?40kmでも43kmでもなく、42.195km。この微妙な数字には、意外すぎる理由が隠されています。

当初は「約40km」と曖昧だった!

マラソンの由来は、古代ギリシャの兵士が戦いの勝利を伝えるために「マラトンからアテネまでの約40km」を走った伝説です。そのため、昔の大会では「約40km」距離がまちまちでした。

ロンドン五輪で起きた王妃の”鶴の一声”

現在と同じ「42.195km」が初めて採用されたのは、1908年の第4回ロンドンオリンピックでのことです。当初、コースは国王の住むウィンザー城からシェファードブッシュ競技場までの26マイル(41.843km)に設定されていました。

しかしここで、時の王妃アレクサンドラから「スタート地点は宮殿の庭で、ゴール地点は競技場のボックス席の前にしてほしい」というリクエストが入ります。これに応えるため、関係者は大慌てでコースを調整し、当初の距離に「385ヤード」を追加しました。 計算すると、26マイル385ヤード=42.195km。これが、現在まで続くフルマラソンの公式距離のルーツとされています。

マラソンの距離が42.195kmなのは「イギリス王室の都合」?

歴史の裏話を知ると、この競技も少し違った見え方がしてきませんか?次にマラソンを見る時は、王族気分で眺めてみるのも一興ですね。

そうた
そうた

え~!?マラソンのあの微妙な距離って、王族の「ワガママ」が原因だったの? ボク、今まで「人間の限界を科学的に計算した結果」とか、「古代の兵士が走って倒れた超正確な距離」とかそういうカッコいい理由だと思ってたよ!

それがまさかの「ウチの宮殿の庭からスタートして、自分たちの席の真ん前でゴールしてね☆」って……いやいやいや、どんだけ権力強いの!?(笑)

しかもさ、それに振り回されて大慌てでコースを作り直した当時の関係者の人たち、マジで同情するわー。「おいおい、急に距離変わったぞ!メジャー持ってこい!」とか裏でバタバタしてたんだろうなぁ。

でも、そんな個人のちょっとしたリクエストで追加された中途半端な距離が、その後100年以上も「世界共通の公式ルール」になっちゃうなんて、歴史って案外適当で面白いね!

明日からマラソンの中継を見るたびに、「あ、この最後のトラック一周分くらいは王妃様の観戦用だな」ってニヤニヤしちゃいそうだよ。

  • もともとマラソンの距離は「約40km」と曖昧だった(古代ギリシャの伝説に由来)
  • 現在の42.195kmが初めて採用されたのは1908年・第4回ロンドンオリンピック
  • 当初のコースはウィンザー城からシェファードブッシュ競技場までの26マイル(約41.843km)
  • 王妃アレクサンドラの「宮殿の庭からスタート、ボックス席の前でゴール」というリクエストにより距離を調整
  • 調整の結果、385ヤードが追加され26マイル385ヤード=42.195kmとなった

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