【初級~上級】プロ野球 オールスタークイズ全10問!【雑学クイズ】

プロ野球 オールスタークイズ全10問!【雑学クイズ】

いよいよ開幕が迫った、プロ野球ファン待望の夏の祭典「オールスターゲーム」。セ・リーグとパ・リーグのスター選手たちが一堂に会する夢の球宴を前に、日本中の野球ファンの熱気も日に日に高まっていますね。そこで今回は、過去のオールスターゲームに関する雑学クイズを全10問作成しました。さぁ、プレイボール!

目次

Q1.1951年の第1回プロ野球オールスターゲーム第1戦で、MVPに輝いた巨人の川上哲治選手。その複数の賞品の中に含まれていた物は次のうちどれでしょう?

  1. 自動車
  2. テレビ
  3. カメラ
  4. ようかん
第1回プロ野球オールスターゲーム第1戦で、MVPに輝いた巨人の川上哲治選手。その複数の賞品の中に含まれていた物は次のうちどれでしょう?

Q2.2004年のプロ野球オールスターゲームで、球宴史上初となる「単独ホームスチール」を成功させた選手は次のうち誰でしょう?

  1. 松井稼頭央
  2. 赤星憲広
  3. 新庄剛志
  4. 小坂誠

Q3.1978年のプロ野球オールスターゲームで、3打席連続ホームランを打った選手は誰でしょう?

  1. 王貞治
  2. 山本浩二
  3. 土井正博
  4. 掛布雅之

Q4.1984年のプロ野球オールスターゲームで、江川卓投手は8連続三振を奪いました。9人目の打者・大石大二郎選手の結果は何だったでしょう?

  1. ライト前ヒット
  2. セカンドゴロ
  3. キャッチャーフライ
  4. ホームラン

Q5.2025年のプロ野球オールスターゲームで、新庄剛志監督はスターティングメンバーの打順を、あるユニークな方法で決定して話題になりましたが、それは次のうちどれでしょう?

  1. あみだくじ
  2. ダーツ
  3. ガラポン(福引抽選器)
  4. ジャンケン
新庄剛志監督はスターティングメンバーの打順を、あるユニークな方法で決定して話題になりましたが、それは次のうちどれでしょう?

Q6.1952年に行われたプロ野球のオールスターゲーム第1戦は、どんな試合だったでしょう?

  1. 試合の途中で濃霧が発生し、コールドゲームになった
  2. ファンが大勢グラウンドに乱入し、試合途中で中止
  3. 両軍の大乱闘が収まらず、試合途中で中止
  4. 延長21回の末に日没で引き分け

Q7.1992年のプロ野球オールスターゲームで、ヤクルトの古田敦也選手が達成した快挙は何でしょう?

  1. サイクル安打
  2. 2打席連続ホームラン
  3. ランニングホームラン
  4. 代打逆転満塁ホームラン

Q8.1996年のプロ野球オールスターゲームで、パ・リーグの仰木彬監督は、松井秀喜選手の打席で、イチロー選手をピッチャーとしてマウンドに送りました。この対決の結果は?

  1. 三振
  2. ホームラン
  3. 死球
  4. 代打が送られ、対決は実現しなかった

Q9.1991年のプロ野球オールスターゲーム第2戦で、槙原寛己投手に起きたハプニングとは何でしょう?

  1. 先発の予定だったが、渋滞に巻き込まれ二番手で登板した
  2. 先発の予定だったが、寝坊したため二番手で登板した
  3. ユニフォームを忘れた為、練習用のTシャツで登板した
  4. グラブを忘れ、チームメイトのものを借りて登板した

Q10.プロ野球オールスターゲームで、史上初めて投手と野手の両方で出場した選手は誰でしょう?

  1. 大谷翔平
  2. 金田正一
  3. 関根潤三
  4. 藤村富美男
プロ野球オールスターゲームで、史上初めて投手と野手の両方で出場した選手は誰でしょう?

プロ野球 オールスタークイズの答え&ミニ雑学

Q1.1951年の第1回プロ野球オールスターゲーム第1戦で、MVPに輝いた巨人の川上哲治選手。その複数の賞品の中に含まれていた物は次のうちどれでしょう?

正解は ようかん です!

1951年(昭和26年)に初めて開催されたプロ野球のオールスターゲーム。その記念すべき第1戦でMVPを獲得したのは、「打撃の神様」として知られる読売ジャイアンツの川上哲治選手でした。その賞品は、ようかん以外には自転車とぶどう酒があったそうです。今なら自動車が貰えそうですが、昔は自転車だったんですね!

記念すべき最初のオールスターゲームでMVPを獲得した川上選手にまつわる雑学をご紹介します。彼は日本プロ野球史上初めて2000本安打を達成した伝説の選手ですが、そのトレードマークといえば「赤バット」でした。しかし、この赤いバット、塗料の質の関係でボールに赤い塗料が付着してしまい、苦情が出たため、使用を中止せざるを得なかったという意外な裏話があります。

ゆかり

毎年開催しているプロ野球のオールスターゲームですが、その第1回目には、こんな素朴なエピソードがあったんですね。記念すべき最初のMVPの賞品のラインナップに、当時の世相を感じてしまいました。

どれほど偉大な記録を作る選手でも、試合が終われば一人の人間として、甘いものを食べたりして、その日の疲れを癒していたのかもしれません。

そう想像すると、遠い昔の話が、血の通った物語として感じられるような気がしました。華やかな世界の裏にある、こういうささやかなエピソードを知ると、歴史って面白いなって思いますよね。

Q2.2004年のプロ野球オールスターゲームで、球宴史上初となる「単独ホームスチール」を成功させた選手は次のうち誰でしょう?

正解は 新庄剛志 です!

球宴史上初となる単独ホームスチールを成功させたのは、現役時代に数々の伝説を残した新庄剛志選手です。2004年のオールスターゲーム第2戦で、相手バッテリーの隙を突いて本塁へヘッドスライディングを決めました。ファンを喜ばせることを大切にしていた新庄選手らしい伝説のプレーです。

新庄選手は阪神タイガースでデビューした後、メジャーリーグへ挑戦し、ニューヨーク・メッツやサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーしました。その後、北海道日本ハムファイターズへ移籍し、チームの人気を大きく押し上げます。2006年には日本一に貢献し、その年限りで現役を引退。最後までファンを楽しませた姿は、多くの野球ファンの記憶に残っています。

Q3.1978年のプロ野球オールスターゲームで、3打席連続ホームランを打った選手は誰でしょう?

正解は 掛布雅之 です!

1978年に行われたオールスターゲーム第3戦で、見事3打席連続ホームランを放ったのは、阪神タイガースの掛布雅之選手です。この大舞台での劇的な活躍により、彼は全国の野球ファンにその名を轟かせました。

「ミスタータイガース」として一時代を築いた掛布選手ですが、その入団に関する意外なエピソードをご紹介します。掛布選手は高校時代は無名の選手で、スカウトされる見込みはありませんでした。そこで、阪神タイガースに自ら売り込み、ドラフト6位という下位指名でなんとか入団を果たしたのです。そこから血の滲むような猛練習を重ね、球界を代表する打者にまで登り詰めました。

あかね

ドラフト下位で入団してから、血の滲むような猛練習で球界を代表する打者になるって、完全にスポーツ漫画の主人公みたいだね!

「ミスタータイガース」なんて呼ばれた人だから、最初からエリートで天才肌の人なのかと思ってたら、全然違ったんだね。無名だった選手が、誰よりもバットを振ってトップに登り詰める。その泥臭い物語を想像しただけで、胸が熱くなるね。

努力が必ず報われるとは限らないけど、結果を出す人は絶対に裏でハンパない努力をしてる。私も試合で最高のパフォーマンスができるように、日々の練習から全力でやり切るぞー!

Q4.1984年のプロ野球オールスターゲームで、江川卓投手は8連続三振を奪いました。9人目の打者・大石大二郎選手の結果は何だったでしょう?

正解は セカンドゴロ です!

1984年のオールスターゲーム第3戦、読売ジャイアンツの江川卓投手は、並み居るパ・リーグの強打者たちから次々と三振を奪い、江夏豊投手が持つ「9連続奪三振」に王手をかけました。しかし、大記録がかかった9人目のバッター・大石大二郎選手へ投じたカーブをバットに当てられ、結果は惜しくもセカンドゴロとなってしまいました。

そんな江川投手は、高校時代にも伝説的な成績を残しています。作新学院高校時代、彼は「怪物」と呼ばれ、公式戦でノーヒットノーランを9回、完全試合を2回も達成するなど数々の記録を達成。プロ入り後には、ジャイアンツのエースとして活躍し、最優秀防御率や最多勝など数々のタイトルを獲得しました。

Q5.2025年のプロ野球オールスターゲームで、新庄剛志監督はスターティングメンバーの打順を、あるユニークな方法で決定して話題になりましたが、それは次のうちどれでしょう?

正解は ガラポン(福引抽選器) です!

2025年に開催されたプロ野球のオールスターゲーム第1戦で新庄剛志監督は、なんとスターティングメンバーの打順を「ガラポン(福引抽選器)」を使って決定するという前代未聞のパフォーマンスを見せました。各球団を代表するスター選手たちが、自らガラポンを回して打順を決める姿は大きな話題を呼びました。

新庄監督は現役時代から「記録より記憶に残る選手」として数々のド派手なパフォーマンスでファンを魅了してきましたが、監督になってもその信念は健在そのもの。そんな新庄監督のアイディアで組まれた「ガラポン打線」ですが、試合では意外な繋がりを見せて得点を生み出し、「5-1」というスコアで見事に勝利しました。まさに「新庄劇場」ここにあり!ですね。

レン

「ファンを喜ばせてこそプロ」という新庄監督の信念は、ただの美学ではなく、極めて合理的な生存戦略だ。

仮にこのガラポン打線が機能せず試合に大敗していたとしても、「前代未聞のパフォーマンス」として、この試合は人々の記憶に刻まれただろう。

つまり彼は、このガラポンのアイディアを実行した時点で「話題の独占」という勝利を確定させていたことになる。運任せのように見せかけて、実は「最も確実な勝利」を手にしていたのだ。このしたたかさには感心せざるを得ない。

それに引き換え、自らの意志で選んだはずの選択で、ただ運命に翻弄されているだけの人々こそ、よほど合理性を欠いているといえるだろう。

Q6.1952年に行われたプロ野球のオールスターゲーム第1戦は、どんな試合だったでしょう?

正解は 延長21回の末に日没で引き分け です!

1952年のオールスターゲーム第1戦は、午後2時過ぎに試合が始まり、2対2のまま延長戦へ突入しました。両チームとも決め手がないまま、延長21回まで熱戦が続きましたが、日没のため試合続行が不可能となり、そのまま引き分けで終了。試合時間は約4時間30分に及び、最後は両軍の選手とも疲れ果てるほどの壮絶な一戦となりました。

この試合では両軍合わせて15人もの投手が登板しました。セ・リーグでは、国鉄スワローズなどで活躍し、通算400勝という前人未到の大記録を残した金田正一投手、南海ホークスと読売ジャイアンツで投げ、通算310勝を挙げた別所毅彦投手、中日ドラゴンズで活躍し「フォークボールの神様」と呼ばれた杉下茂投手が登板。

一方、パ・リーグでは、戦前から東京巨人軍などで活躍し、通算303勝を誇るスタルヒン投手もマウンドに上がりました。まさに日本球界を代表する錚々たる大投手たちが競演した、オールスターゲームだったのです。

そうた

21回まで戦っても決着がつかずに、日没で引き分けって、まるでアニメや漫画の展開みたいでめちゃくちゃドラマチックじゃん!

しかも、夏のデーゲームでそこまで戦い抜くって、もう試合じゃなくて修行だよ(笑) 引き分けで終わってスッキリしなかった人もいるかも知れないけど、やってる選手からしたら、ナイター設備が無くて良かったね。

最後までスタンドで応援し続けたお客さんも、ヘトヘトに疲れたんだろうけど、超豪華なレジェンドプレーヤーたちの熱戦を2試合分も堪能できたなんてラッキーだよね。

ボクが観戦に行くときも、こういう「当たり試合」でお願いしたいな~。

Q7.1992年のプロ野球オールスターゲームで、ヤクルトの古田敦也選手が達成した快挙は何でしょう?

正解は サイクル安打 です!

1992年のプロ野球オールスターゲーム第2戦で、ヤクルトスワローズの古田敦也選手は、1試合の中で単打、二塁打、三塁打、本塁打のすべてを打つ「サイクル安打」を達成しました。これは長いオールスターゲームの歴史において、史上初の快挙でした。

そんな古田選手に関する雑学をご紹介します。彼はその卓越した野球理論とリーダーシップを買われ、2006年からは現役選手のまま監督も務める「プレイングマネージャー(選手兼任監督)」に就任しました。プロ野球界において選手兼任監督が誕生したのは、恩師でもある野村克也氏以来、実に29年ぶりの出来事であり、選手としての輝かしい実績とともに、球界の歴史にその名を刻んでいます。

Q8.1996年のプロ野球オールスターゲームで、パ・リーグの仰木彬監督は、松井秀喜選手の打席で、イチロー選手をピッチャーとしてマウンドに送りました。この対決の結果は?

正解は 代打が送られ、対決は実現しなかった です!

1996年のオールスターゲーム第2戦の9回、巨人の松井秀喜選手の打席で、パ・リーグの仰木彬監督はファンへのサプライズとして、マウンドにオリックスのイチロー選手を送りました。この対決に球場全体が盛り上がりましたが、セ・リーグの野村克也監督が、代打にヤクルトの高津臣吾投手を送り、対決は実現しませんでした。

この采配には、二人の名監督の相反する野球哲学が表れています。ファンが望んでいるものを第一に考え、お祭りを盛り上げようとする仰木監督の「ショーマンシップ」に対し、野村監督は松井選手のプライドに配慮し、さらに「仰木監督の采配は真剣勝負の場への冒涜」としてあえて水を差す形をとりました。オールスターゲームという舞台で二人の名監督の信念が鋭くぶつかった、ドラマチックな名場面といえるでしょう。

アキカズ

イチロー対松井……その後、メジャーリーグで長く活躍する二人のの対決を用意した仰木監督の粋な計らい。だが、そこで予定調和のまま物語が進まないのが、勝負の世界というやつだ。

祭を盛り上げようとする仰木監督の仕掛けに、信念をもって横槍を入れる野村監督の頑固さ。球宴を舞台に、互いの野球哲学がバチバチと音を立ててぶつかり合う。

結果として夢の対決は幻に終わったが、このヒリヒリするような駆け引きこそが、逆に極上のドラマを生み出しておるではないか。

誰もがニコニコと丸く収まるような無難な筋書きなど、後には何も残らん。己の流儀を意地でも曲げない、こういう泥臭いぶつかり合いこそ、プロの世界の醍醐味だ。こういう話は、儂は嫌いじゃないぞ。

Q9.1991年のプロ野球オールスターゲーム第2戦で、槙原寛己投手に起きたハプニングとは何でしょう?

正解は ユニフォームを忘れた為、練習用のTシャツで登板した です!

1991年のオールスターゲーム第2戦は広島市民球場で行われましたが、両チームは同点のまま延長戦に突入、巨人の槙原寛己投手は登板予定が無かったにもかかわらず投げることに。しかし、ユニフォームを忘れてしまった為、練習用のTシャツ姿で登板しました。真剣勝負の中にも笑いを誘う、オールスターらしいエピソードですね。

また、この試合では、パ・リーグ側も延長戦で野手を使い果たしてしまった為、近鉄の野茂英雄投手が代打として打席に立ったり、西武の工藤公康投手が外野を守ったりしました。出場予定の無かった投手が次々とグラウンドに駆り出されたこの試合は、延長でも決着がつかず引き分けで試合終了を迎えています。

ももか

あのさ〜、ピッチャーなのに代打に出たり、外野をやらされるって、普通に考えてヤバくない!?

あたし野球のルールとか、あんまり詳しくないけど、それってカフェバイトで「今日シフト苦しいから、調理も手伝って!」って無茶振りされるようなもんだよね? あたしなら絶対パニックになりそうなんだけど(笑)

でも、そういう予定外のハプニングを、プロの選手たちが文句言わずに一生懸命やってるのって、なんか学生の文化祭とかのノリみたいで面白いかも。

自分の専門外のことでも、その場の空気読んで全力で対応できる人って、マジでヤバイよね~。

Q10.プロ野球オールスターゲームで、史上初めて投手と野手の両方で出場した選手は誰でしょう?

正解は 関根潤三 です!

「二刀流」といえば大谷翔平選手が真っ先に思い浮かびますが、日本のプロ野球オールスターゲームにおいて、史上初めて投手と野手の両方で出場を果たしたのは関根潤三選手です。

関根選手は近鉄パールスに入団後、まずはエースとして活躍し、投手としてオールスターに出場しました。しかし、肩を痛めていた彼は限界を感じ、野手に転向します。もともと非凡な打撃センスのあった関根選手は、野手転向1年目で122安打を放ち、近鉄の中心打者として長く活躍。外野手として再びオールスターの舞台に立ちました。その後、関根選手は巨人に移籍し現役引退します。

大谷選手に先立つ「二刀流プレイヤー」として活躍した関根選手は、投手として通算65勝、さらに通算1137安打、59本塁打という記録を残しています。現役引退後は監督として、横浜大洋ホエールズやヤクルトスワローズを率い、その穏やかな風貌で野球ファンに親しまれました。

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