明日、4月14日は「オレンジデー」です。この記事では、オレンジデーの由来から、果物のオレンジと色の関係、さらにはオランダ王家とオレンジの意外な繋がりまで、知って楽しい雑学をわかりやすく解説します。
日本発の記念日「オレンジデー」とは?
2月14日のバレンタインデー、3月14日のホワイトデーと、恋人たちを盛り上げるイベントが続きますが、実はその1ヶ月後、4月14日にも素敵な記念日があるのをご存知ですか?それが、第3の愛の記念日とも呼ばれる「オレンジデー」です。
「オレンジデー」の由来
オレンジデーを制定したのは、愛媛県のJA全農えひめです。愛媛県はみかんをはじめとする柑橘類の一大産地。でも、数ある果物の中から、なぜオレンジが選ばれたのでしょうか?
その秘密は、オレンジの持つロマンチックな「花言葉」に隠されています。オレンジの花言葉は「花嫁の喜び」。ヨーロッパでは古くから、花嫁がオレンジの花飾りを身につける風習があるほど、愛と幸せの象徴とされているのです。
結局、「オレンジデー」って何するの?
オレンジデーの過ごし方はとてもシンプルです。自分の大切な人へ、「オレンジの果実」や「オレンジ色のアイテム」をプレゼントし合います。
オレンジ色のネクタイやハンカチ、ポーチなどの小物はもちろん、春らしいオレンジ色の花束を贈るのも素敵ですね!このイベントは恋人同士に限らないので、日頃からお世話になっている家族や友人へ、感謝の気持ちを伝えるきっかけにもぴったりです。
韓国の「オレンジデー」は別物
ちなみに、お隣の韓国にも「オレンジデー」と呼ばれる記念日が存在します。しかし、韓国の場合は11月14日で、恋人同士でオレンジジュースを飲みながら映画を見る日(別名ムービーデー)となっており、日本のオレンジデーとは日付も由来も全く異なる別のイベントです。
バレンタインやホワイトデーに比べると、まだまだ知る人ぞ知る隠れた記念日。今年の4月14日は、あなたから大切な人へ、パッと気分が明るくなるようなオレンジ色のサプライズを仕掛けてみませんか?

オレンジデーって初めて知ったんだけど、これ愛媛県のJAが作った記念日なの!?なんか、ちゃっかりしてて逆に好きかも(笑)
でもオレンジの花言葉が「花嫁の喜び」で、ヨーロッパの花嫁が花飾りにするほどだったって、それは知らなかったなぁ。みかんの産地がそこに目をつけて記念日を作るって、発想が面白いよ。農協のマーケティング、なかなかやるじゃん!
でも、バレンタイン→ホワイトデー→オレンジデーって、1ヶ月ごとに愛の記念日が来るの、ちょっと多くない?このまま行くと5月14日も愛の記念日になっちゃうんじゃないの!?
だけど、「恋人限定じゃなくて家族や友人にも」ってコンセプトは、ボク的にはむしろありがたいかも。好きな人にプレゼントするのはハードル高いけど、仲いい友達にオレンジ味のグミとか渡すくらいなら全然できるし。
そういう「日頃の感謝」みたいなノリで友達とお菓子交換するの、普通に楽しそうって思っちゃったよ。
- 4月14日は「オレンジデー」(バレンタイン・ホワイトデーに続く第3の愛の記念日)
- 制定したのは愛媛県のJA全農えひめ(愛媛県は柑橘類の一大産地)
- オレンジの花言葉は「花嫁の喜び」
- ヨーロッパでは花嫁がオレンジの花飾りをつける風習がある
- オレンジデーの過ごし方:大切な人にオレンジの果実やオレンジ色のアイテムを贈り合う
- 恋人同士に限らず家族や友人にも贈ってよい
- 韓国にも「オレンジデー」があるが日付(11月14日)も内容も別物
- 韓国版:恋人同士でオレンジジュースを飲みながら映画を見る日(別名ムービーデー)
【オレンジ色の雑学】オレンジは果物と色どっちが先?
私たちの日常には、鮮やかなオレンジ色が溢れています。でも、果物の「オレンジ」と色の「オレンジ」、どちらの言葉が先に生まれたか知っていますか?
「オレンジ」という言葉は存在しなかった
果物のオレンジが西ヨーロッパに広まる以前、英語にはオレンジ色を表す専用の言葉が存在しませんでした。古英語では「geoluhread」──直訳すると「黄みがかった赤」という表現が使われていました。
果物のオレンジが遥かな異国から渡ってきたことで、初めてその鮮やかな色に「オレンジ」という固有の名前が与えられたという、ロマンあふれる歴史があるんです。

科学が証明!命を守る「オレンジの力」
オレンジは色彩において「最も視認性が高い色のひとつ」とされています。薄暗い場所や遠くからでもパッと目に飛び込んでくるため、工事現場の作業員の服や、海の救命胴衣、夜間の誘導棒など、「絶対に見逃してはいけないもの」に世界中で採用されています。
オレンジは単なる明るい色というだけでなく、その科学的な力で私たちの安全を守ってくれているのです。

「黄みがかった赤」と曖昧に呼ばれていた色に、「オレンジ」という果物が海を渡ってきたことで初めて固有の名前がついた。この歴史、とてもロマンチックですよね。
まるで、ずっと心の中にあったけれど言葉にできなかったぼんやりとした感情に、特別な人によって初めて「恋」や「愛」という名前がついたような……そんなドラマチックな偶然を感じてしまいました。
オレンジという言葉がない時代でも、沈む夕日や秋の紅葉を見て、昔の人たちもきっと私たちと同じように、その美しさに感動していたはずですよね。
でも、そこに「オレンジ」という明確な名前が与えられたことで、人々の目に映る世界は、より一層くっきりと鮮やかに彩られたのではないかと想像してしまいます。
名前を与えられることで、改めてその存在が確かなものになる。色も、人も、案外そういうものなのかもしれません。
当たり前のように使っている言葉の一つ一つに、こんな素敵な歴史が隠れているのなら、世界は私たちが思っている以上に美しい物語で溢れているのかもしれませんね。
- 「オレンジ」という言葉は果物が先、色が後
- 果物のオレンジが西ヨーロッパに広まる以前、英語にはオレンジ色を表す専用の言葉がなかった
- 当時は「geoluhread(黄みがかった赤)」という表現が使われていた
- 果物のオレンジが伝わったことで、その色に初めて「オレンジ」という名前がついた
- オレンジは最も視認性が高い色のひとつ
- そのため「絶対に見逃してはいけないもの」に世界中で使われている
- 工事現場の作業服・救命胴衣・夜間の誘導棒など
オランダの象徴は何故オレンジ?オレンジの名を冠する王家
サッカーやオリンピックなどの国際大会で、オランダのサポーターがスタジアムをオレンジ色に染め上げている光景を見たことはありませんか?しかし、オランダの国旗は「赤・白・青」。どこにもオレンジ色は使われていません。一体なぜ、オランダのシンボルカラーはオレンジなのでしょうか?
その名はオレンジ──王家の名に秘められた歴史
現在のオランダを統治する王家の名前はオラニエ=ナッサウ家(Huis Oranje-Nassau)といいます。「オラニエ」はフランス語で「オレンジ」を意味します。では、なぜ王家の名前にオレンジがつくのでしょうか。
1544年、ナッサウ家のウィレム1世が南フランスにあった「オランジュ公領」を相続しました。これによって「オラニエ(オレンジ)公」の称号を得て、それが家名として定着しました。
スペインへの反旗──オランダ独立の物語
16世紀、現在のオランダにあたる地方はスペイン・ハプスブルク家の統治下にありました。厳しい宗教的弾圧と重税のなか、独立運動の旗手となったのが、先述のオラニエ公ウィレム1世、別名「沈黙公」です。
1568年、ウィレム1世はスペイン軍への武装蜂起を開始。長期にわたる独立戦争(八十年戦争)の口火を切りました。このとき彼が掲げた旗がオレンジ・白・青の三色旗であり、これが後のオランダ国旗の原型となります。
ウィレム1世は1584年に暗殺されますが、独立運動はその後も続き、1648年にヴェストファーレン条約によってオランダの独立が国際的に承認されました。
なぜ英雄のオレンジは消えたのか
現在のオランダ国旗は赤・白・青の横縞で、オレンジは含まれていません。では、建国の象徴だったオレンジはどこへ消えたのでしょうか。
最も広く語られる理由は染料の性質にあります。当時のオレンジ色染料は退色しやすく、17世紀ごろを境に国旗のオレンジは赤へと置き換わっていきました。

国旗からオレンジは消えましたが、スポーツの場などでオランダ代表が鮮やかなオレンジをまとい続けるのは、建国の英雄ウィレム1世とオラニエ家への敬意が今も脈打っているからにほかなりません。

面白い記事だと思った。ただ、「面白い」というのは、オランダの歴史に感心したからではなく、一国を代表するシンボルカラーが、王家の名前の由来をたどると「南フランスの小さな領地の相続」に行き着くという、その偶発性の方が、思いのほか示唆に富んでいるという意味で、だが。
1544年、ウィレム1世がオランジュ公領を相続した。ただそれだけの出来事が、数百年後には数万人のサポーターがスタジアムをオレンジ色に染め上げる光景へと連鎖している。歴史の因果とは、どこで何が繋がるか、誰にも分からないものだ。
翻って、現代の「シンボル」や「ブランド」がいかに意図的に設計され尽くしているかを思うと、この成り行き任せの色彩の定着は、むしろ清々しくさえある。
もっとも、その「建国の象徴」であるはずのオレンジが、染料の退色という極めて物理的な理由で国旗から消えたという結末には、思わず少し笑ってしまった。
英雄の掲げた色が国旗に残るかどうかは、その者の功績より、染料の品質次第だったとは。歴史とは時に、かくも散文的なものらしい。
- オランダの国旗は赤・白・青でオレンジは含まれていない
- それでもオレンジが国家のシンボルカラーなのは王家に由来する
- オランダ王家の名は「オラニエ=ナッサウ家」で「オラニエ」はフランス語で「オレンジ」の意味
- 1544年、ウィレム1世が南フランスの「オランジュ公領」を相続し「オラニエ公」の称号を得たことが家名の由来
- ウィレム1世(別名「沈黙公」)はスペインの支配に対して独立運動の旗手となった
- 1568年に武装蜂起を開始(八十年戦争)し、このとき掲げた旗がオレンジ・白・青の三色旗(現在の国旗の原型)
- ウィレム1世は1584年に暗殺された
- 1648年のヴェストファーレン条約でオランダの独立が国際承認された
- 国旗からオレンジが消えた理由:当時のオレンジ色染料は退色しやすく、17世紀ごろに赤へ置き換わった

コメント