9月6日は「飴の日」。日本と世界の飴も大紹介!

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一粒舐めるだけで、口の中に甘さが広がり心を解きほぐしてくれるキャンディ。毎年9月6日は、そんな飴の魅力を再発見する「飴の日」です。本記事では、神話の時代から続く飴の歴史を簡潔に解説。

後半では、日本でおなじみの定番から海外のちょっと変わった個性派まで、知っているとちょっと話のネタになる世界の飴21選を紹介します。これを読めば、あなたも今日からちょっとした“飴通”になれること間違いなしです。

目次

日本と世界の飴の歴史

毎年9月6日は「飴の日」に制定されています。これは『日本書紀』の神武天皇記において、この日に飴を作ったというエピソードが由来です。長く愛されてきた日本の飴文化や歴史を後世に伝えるための、大切な記念日となっています。

『日本書紀』から始まる飴の甘い歴史

日本の飴の歴史は非常に古く、奈良時代(8世紀前半)に編纂された『日本書紀』には、神武天皇が「水無飴(みずあめ)」を作ったという記述があります。さらに、平安時代には既に「水あめ」を売る店があったという記録も残っています。

室町時代から安土桃山時代にかけては、ポルトガル人宣教師らによって南蛮菓子が伝わり、その中には砂糖を煮詰めて成形した「有平糖(ありへいとう)」もありました。江戸時代になると砂糖の流通が進み、飴は一般庶民にも普及しました。この頃から固い飴が作られるようになり、職人が作る「飴細工」も発展、飴売りが町を行き交うようになりました。

その後、明治時代以降には近代的な製造技術が導入され、飴の大量生産が本格的に始まったのです。

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産業革命が変えた『キャンディ』の歴史

英語で飴を意味する「candy」の語源は、古代インドのサンスクリット語「khanda」にあると言われています。古代インドではサトウキビの汁を煮詰めて固める技術が発明されましたが、当時は貴重な薬や高級品として珍重されていました。

ヨーロッパでも、産業革命以前は貴族などの富裕層だけが薬や消化薬として口にしていました。しかし、産業革命によって砂糖の大量生産が可能になると、飴は次第に一般庶民にも広がり、身近なお菓子の一つとなっていきます。

アキカズ

ほう……飴の歴史は随分と長いものだな。今の時代、手軽に買える飴だが、たかが飴玉一つと侮るな、と儂は言いたい。

飴は砂糖を煮詰めるだけで終わりではない。材料に何を使うか、その後にどんな創意工夫をするか。そうやって知恵を絞ったに違いない。

選んだ素材の長所を見極め、己の腕一つで更なる価値を生み出す。作っては味見し、また新しいアイディアを試す。その繰り返しが、飴を一つの文化にまで育てたのだろう。

昔の飴職人も、随分と頑固だったに違いない。良い物を作る連中というのは、昔も今も、簡単には満足せんからな。

伝統銘菓から個性派まで! 日本と世界の飴21選

古くから私たちの生活に寄り添い、甘い癒やしを与えてくれる飴。日本はもちろん、世界にはその土地の文化や歴史が詰まった多種多様なキャンディが存在しています。お祝いの品から、あのヤバイ飴まで、バラエティに富んだ日本と世界のユニークな飴をご紹介します。

子供の長寿の願いを込めた「千歳飴」

七五三で子供の成長を祝う縁起物として知られる「千歳飴」。「千歳(ちとせ)」という言葉は「千年」や「長い年月」を意味しており、あの独特な細長い形状には「細く長く、健康に長生きしてほしい」という子供の成長と長寿への祈りが込められています。関東地方では細長く、紅白のセットが定番ですが、地域によって違いがあります。

千歳飴の起源にはいくつかの説がありますが、江戸時代に浅草の七兵衛という人物が、棒状の紅白の飴に「千年飴」と名付けて売ったのが始まりという説が広く知られています。

世界を代表するキャンディー「チュッパチャプス」

1958年にスペインのバルセロナで誕生し、今や世界中で親しまれている棒付きキャンディ「チュッパチャプス」。スペイン語の「なめる」という言葉に由来し、最初に発売された当時は7種類のフレーバーでした。

発売当初の名前は「GOL(ゴール)」。丸いキャンディをサッカーボールに見立て、それを口に入れて食べる様子をゴールになぞらえたユニークな由来です。その後、ラジオCMをきっかけに、現在の「チュッパチャプス」という名称に変更されました。

ちなみに、お馴染みのアイコニックなロゴマークは、巨匠サルバドール・ダリがデザインを手掛けています。

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江戸時代から続く老舗の味「梅ぼ志飴」

江戸時代から愛され続ける「梅ぼ志飴(うめぼしあめ)」は、1818年(文政元年)に細田徳兵衛が創業した「榮太樓總本鋪(えいたろうそうほんぽ)」の銘菓です。なお、この社名は、徳兵衛の曾孫である細田栄太郎の名前に由来しています。

その名前に反して梅干しは入っておらず、ザラメと水飴を原料とした有平糖の一種で、素朴でコクのある上品な甘さが魅力です。独特の不規則な三角形は、棒状に伸ばした飴をハサミで切り分けた後、切り口で口の中を傷つけないように指でつまんで成型する職人の気遣いから生まれました。

その愛らしい紅色の飴の形が「梅干し」を連想させることから「梅ぼ志飴」と名付けられ、今も広く親しまれています。

職人技が光る極細の繭!「龍のひげ飴」

中国の伝統菓子「龍のひげ飴」は、練り上げた水飴の塊を手作業で何度も引き伸ばし、髪の毛のように極細の飴を作り出す職人技が光る逸品です。約2000年の歴史があり、麦芽糖や蜂蜜を使った「銀絲糖」という菓子が原型といわれています。

白く細い飴の糸で、アーモンドやピーナッツなどの具材をふんわりと包み込んで形を整え、まるで白い繭のような姿になっています。その繊細な味わいと美しさは中国の皇帝にも愛されたことから、「皇帝点心」とも呼ばれる伝統あるスイーツです。

高級品の味を大衆にも!「パインアメ」

甘酸っぱくてジューシーな味わいと、黄色いリング状の形でお馴染みの「パインアメ」。大阪府大阪市に本社を構える1948年創業のパイン株式会社が、1951年に発売したロングセラー商品です。当時はまだ高級品だったパイナップル缶の味を、誰でも手軽に味わえるようにと開発されました。

原材料には砂糖、水飴、パイナップル果汁などが使われています。輪切りのパイナップルをイメージしたこの飴ですが、発売当初は真ん中に穴がなく、表面に模様を型押ししただけのものでした。それでも「穴がなければ完成品じゃない」という初代社長の並々ならぬこだわりから、2年後に念願の自動キャンディ穴開け機が完成。晴れて現在のアイコニックな姿へと進化を遂げたのです。

クリスマスの定番お菓子「キャンディケイン」

クリスマスの時期にツリーの飾り(オーナメント)としても飾られる「キャンディケイン」。赤と白の縞模様が特徴的な、ステッキの形をした棒状のキャンディで、ペパーミント味などが広く親しまれています。その歴史は古く、17世紀のドイツのケルンが発祥という説があります。

また、特徴的な先端が曲がった杖の形は、上下を逆さにするとアルファベットの「J」の形になり、イエス・キリスト(Jesus)を象徴するともされるキリスト教ゆかりのキャンディなのです。

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キラキラ輝く四角錐「黄金糖」

宝石のように透明感のある美しい金色と、四角錐の形状が特徴的な「黄金糖(おうごんとう)」。そのルーツは古く、1919年(大正8年)に創業者の瀬戸口伊勢松が宮崎県で考案した「金銀糖」に遡ります。その後、1923年(大正12年)に大阪で「黄金糖」と名前を変えて売り出されました。

食品添加物は一切使わず、原材料は「砂糖と水飴」のみ。高温でじっくり煮詰めることで、上品な甘さと香りを生み出しています。

フランス生まれの三角錐「ベルランゴ飴」

カラフルなストライプ柄とコロンとした三角錐の形が特徴的な「ベルランゴ飴」。19世紀初頭、フランス・プロヴァンス地方のカルパントラ発祥といわれるこの飴は、果物のシロップ漬け(コンフィ)を作る際の余ったシロップを再利用して作られたのが始まりとされています。

砂糖や水などを鍋で煮詰めた後、天然香料や着色料などを混ぜて冷まし、ベースの飴に紐状の飴を貼りつけます。それを丸めてから細く引き延ばしてカットすることで、あの特徴的な三角錐の形が出来上がります。カラフルなストライプ柄と形状が可愛らしく、色や味のバリエーションも豊富なキャンディです。

サクッ、とろ〜り!のハーモニー「飴もなか」

新潟県長岡市にある1912年(大正元年)創業の老舗「長命堂飴舗」には、初代が開発した伝統の銘菓があります。それが、あんこの代わりに、とろりと伸びる水飴が入っている「飴もなか」です。

最中のサクサクした皮と、口の中でとろける甘い水飴という驚きのハーモニーは、100年以上愛され続けるのも納得の味わいです。

ももか

あのさ~、和菓子ってあんこばっかりで、ぶっちゃけちょっと渋いイメージだったんだけど、この「飴もなか」ってヤバくない!?

最中の中にあんこじゃなくて、とろ~り伸びる水飴が入ってるって、ちょっと発想が天才すぎでしょ。

外はサクサクなのに、中からとろっとした水飴が出てくるとか、そのギャップ美味しいやつじゃん?

最近のスイーツでも、意外な組み合わせってあるけど、それを大正時代からやってるとか、フツーに最先端いっててリスペクトしかないわ〜。

料理の隠し味にも使える!「カンロ飴」

醤油が香る独自の甘じょっぱい味わいが魅力の「カンロ飴」。そのままおやつとして食べるだけでなく、料理の隠し味や調味料代わりとしても使われています。その原材料は、砂糖、水飴、しょうゆ、食塩だけという極めてシンプルな素材で作られています。

製造元であるカンロ株式会社は、1912年(大正元年)に宮本政一が山口県にて「宮本製菓所」として創業。1954年(昭和29年)に現在のカンロ飴である「カンロ玉」を発売しました。ちなみに「甘露(かんろ)」という言葉は、サンスクリット語で「飲むと不老不死が得られる神々の飲み物」を意味する「アムリタ」の訳語に由来します。

手間暇かけた伝統の味!「チュルチヘラ」

ジョージアの伝統的な棒状の飴「チュルチヘラ」は、ロウソクやソーセージに似た不思議な見た目が特徴です。主な材料は、クルミやヘーゼルナッツなどのナッツ類、ブドウ果汁、そして小麦粉。糸で数珠つなぎにしたナッツを、小麦粉でとろみをつけたブドウ果汁に何度も浸しては乾燥させる工程を繰り返して作られます。

ブドウの自然な甘みとナッツの香ばしさが絶妙にマッチした素朴な味わいで、味や色のバリュエーションも楽しめる魅力的なお菓子です。

懐かしくて刺激的!「ニッキ飴」

ピリッとした風味が特徴的な昔ながらの「ニッキ飴」。あの独特の風味の正体は、クスノキ科の常緑樹「ニッケイ(肉桂)」の根などから抽出されるニッキです。水飴のまろやかな甘みに、ニッキ特有のスパイシーな刺激が絶妙にマッチし、口に含むとどこか懐かしさを感じさせてくれます。

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サクサク・ほろほろ!インドの「ソアンパプディ」

「ソアンパプディ」は、口に入れるとサクサク・ほろほろと綿あめのようにほどけて溶ける不思議な食感が魅力の、インドの伝統的なお菓子です。

主な原材料は砂糖、小麦粉、ギー(バターオイル)などで、糸状の飴が何層にも折り重なってできています。一口大のサイコロ状にカットされたその表面には、ピスタチオやアーモンドなどがトッピングされていて、香ばしいアクセントになっています。インドでは特別なお祝い事の席だけでなく、日常的にも広く食べられているスイーツなんです。

北海道銘菓の優しい味わい「バター飴」

砂糖や水飴、バターなどで作られる「バター飴」は、口に広がる優しい甘みとコク、芳醇な香りが魅力です。北海道二海郡八雲町が発祥で、榊原製飴工場の榊原安茂によって生み出されました。第二次世界大戦後には雪印乳業でも製造販売が開始され、北海道銘菓として知られるようになりました。

なお、元祖である榊原製飴所は2004年に惜しまれつつ廃業、その歴史に幕を下ろしました。

アンモニア臭がクセになる? 北欧で愛される「サルミアッキ」

「世界一まずい飴」といわれることもある「サルミアッキ」。他国の人には衝撃的な味わいですが、フィンランドをはじめとする北欧では、子供から大人まで日常的に愛されている伝統的なキャンディです。

甘草(リコリス)のエキスに塩化アンモニウムを加えて作られており、黒に近い暗褐色で、ゴムのような独特の見た目をしています。口に入れると強い塩味とアンモニア臭が広がる強烈な飴ですが、現地の人々にとってはこれがクセになるのだとか。

飴としてだけでなく、様々な食品や飲み物の味付けとしても使用されるほど、北欧の食文化には深く根付いています。

そうた

いやいやいや、出たよ「サルミアッキ」!! これ、ボク一回だけ友達の罰ゲームに付き合って一緒に食べたことあるんだけど、マジでヤバかったからね!?

ゴムみたいな見た目だけでも警戒度MAXだったのに、口に入れた瞬間のあの強烈な味! もうね、昔のテレビCMみたいに「まずーい!もう一個!」なんてネタを言う余裕すら全くなかったよ(笑)

でもさ、フィンランドとか北欧の人たちにとっては、これが子供の頃から日常的に食べてる飴なんだね。しかも他の食べ物や飲み物の味付けにまで使われてるって、ボクからしたら想像もつかないね。

味の好みって国や文化によっても全然違うんだなぁって、身をもって思い知らされた体験だったよ。

切っても切っても同じ顔!「金太郎飴」

丸い棒状の飴のどこを切っても、同じ金太郎の顔が現れる「金太郎飴(きんたろうあめ)」。その歴史は古く、江戸時代中期の「元禄飴」が起源と言われています。

正式名は「組み飴」と呼ばれます。あらかじめ色の違う複数の飴をパズルのように組み合わせて顔を作り上げ、それを細く長く伸ばして作るため、どこを切っても同じ絵柄が現れる仕組みになっているのです。

ちなみに昔話で有名な「金太郎」とは、平安時代の武将である源頼光に仕え、四天王の一人として活躍した豪傑「坂田金時」の幼名です。

イギリス版・金太郎飴!?「ロック」

「ロック(Rock)」は、イギリスの海辺の観光地などで古くから売られている定番の駄菓子です。細長い棒状の形をした非常に硬いキャンディで、断面に「Blackpool」などの地名や可愛らしい図柄がデザインされています。日本の金太郎飴に似た構造になっているのが特徴です。

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黒糖が生み出す深い味わい「黒飴」

サトウキビから作られる黒砂糖や黒糖をふんだんに使用した「黒飴」。高温の直火釜でじっくりと煮詰める「直火炊き」などの製法で作られることが多く、黒糖ならではの奥深くコクのある甘味と、香ばしい豊かな風味が口いっぱいに広がる定番の飴です。

伝統のイギリス製キャンディ「シャーベットレモン」

「シャーベットレモン」は、イギリスで古くから愛されている伝統的な駄菓子です。レモン味の硬いキャンディの中に、シュワシュワと弾けるシャーベット(粉末)が隠されています。口に入れた瞬間は爽やかなレモンの甘酸っぱさが広がり、さらに舐めていくと中心のシュワシュワとしたシャーベットを味わえる、2段階の味の変化が最大の魅力です。

ちなみにこのお菓子、大人気小説『ハリー・ポッター』シリーズの原作小説では、ダンブルドア校長の好物であり、校長室の合言葉としても登場します。定番のレモン以外にも、色や味のバリエーションもあるんですよ。

日本最古の飴屋が作る銘菓「粟飴」

「髙橋孫左衛門商店(たかはしまござえもん しょうてん)」は、1624年(寛永元年)に初代高橋孫左衛門が、現在の新潟県上越市で創業した約400年の歴史を持つ「日本で一番古い飴屋」です。店主は代々「孫左衛門」を襲名し、歴史ある伝統の味を現代まで守り続けています。

同店の看板商品の一つである「粟飴(あわあめ)」は、淡黄色透明のなめらかな水飴です。当初は粟を原料にして作られていましたが、現在はもち米で作られており、素材本来の上品な甘みが大きな特徴となっています。

江戸時代には『東海道中膝栗毛』で知られる作者・十返舎一九もこの地を訪れており、自身の道中記『方言修行金草鞋(ほうげんしゅぎょう かねのわらじ)』の中で、粟飴と大勢の客で賑わうお店の様子を書き残しています。皇室にも愛され、昭和天皇が最後の病床で所望されたエピソードも知られています。

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名作映画にも登場した缶入り飴「サクマ式ドロップス」

色とりどりのフルーツ味などが楽しめる、日本を代表する缶入り飴「サクマ式ドロップス」。イチゴ、ハッカ、リンゴ、レモン、メロン、オレンジ、パインなどの多様な味が詰まったこのキャンディは、1908年(明治41年)に佐久間惣次郎商店(後の佐久間製菓)から誕生し、1913年(大正2年)には缶入りで発売されました。

しかし、太平洋戦争による深刻な物資不足により、1944年(昭和19年)に一度廃業してしまいます。終戦後、佐久間製菓の関係者がそれぞれ別々の会社を興してドロップスの製造を再開したため、商標を巡る訴訟に発展しました。

最終的に和解し、商標権を共同保有することになります。これにより、佐久間製菓からは赤缶の「サクマ式ドロップス」が、サクマ製菓からは緑缶の「サクマドロップス」が販売されました。しかし、佐久間製菓は2023年に廃業し、その歴史に幕を下ろしています。

また、スタジオジブリの名作アニメ映画『火垂るの墓』の作中にも象徴的なアイテムとして登場し、多くの人の記憶にも深く刻まれています。

ゆかり

飴ってシンプルなお菓子なのに、生まれた国や時代によって、形も味もさまざまですね。それぞれの飴に、その土地の文化や人々の暮らしが透けて見える気がしました。

長寿を願って贈られる飴があれば、観光地の名物として親しまれる飴もある。中には、その国では当たり前のものなのに、別の国の人からすると驚いてしまうような飴まである。

言葉や生活習慣が全く違っても、「甘いものを食べてほっとしたい」という人間の根源的な欲求は、世界中どこに行っても共通しているのでしょうね。小さな飴玉を通して、世界中の人々の息遣いを感じられたような気がしました。

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